2011年5月10日

世代から世代へ 話から話へ

ポピュラー音楽研究の世界にも新しい世代が台頭しつつあるようで嬉しい。

大和田俊之『アメリカ音楽史 ミンストレル・ショウ、ブルースからヒップホップまで』
輪島裕介『創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』

どちらも、すばらしい。
ページをめくるたびに新しい発見があるというような読書は、そう頻繁にあるものではない。

考えてみると、昔から演歌や黒人音楽、あるいはロックなんかについて書かれたものに違和感を感じることが多かった。
演歌が日本のブルース? ブルースは底辺の人間による抵抗のうた? え、ジャズもロックも抵抗ですか?
なんか妙に力が入ってるかなり上の世代。んでもって、こんどは逆に思想だの歴史だのは無意味とか強調しだした、ちょっと上の世代……。
ようやく、音楽の歴史も思想も経済もテクノロジーも、わりとニュートラルに語れる世代が出てきた感じがする。

(私はこれまで、自分を含むこの世代は「橋渡し」みたいな地味な役割を担うんじゃないかと、ぼんやり思ってきた。ホリエモンの世代でしょって言われるのは、悪くないけど、ちょっと違うなという感じ。
いや本当はホリエモンも、上と下をつなぐ橋渡し役なのかもしれない。)

あともしかしたら、ラテン音楽に対する意識が高いのも、この二人の共通点かもしれない。
ほぼ同世代というだけでなく、そんな意味でも親近感がわく。
最大限の賞賛をおくるとともに、今後とも応援したい。

2011年5月7日

猫と雀

いつも一般性の低い本の話ばかりで恐縮だが、お勧め本というより個人的な読書記録ということで、どうか大目に見てほしい……というこのコーナーであるが、今回は動物の本二冊。「お勧め」でも行けるんじゃないか思う。

ところで、私は今マンションの7階という生涯最高地点で暮らしているのだが、こんな蚊すらあまり近づかない場所にもときどき、動物の気配がある。
猫と雀だ。
猫はご近所さんが放し飼いに近い形で飼っているらしい。ときどき、窓の外をアクロバティックに移動したり、こちらを窺ったりしている。
先日、近所で猫を呼ぶ子どもの声がして「チビ、チビ」と聞こえた。
なんと、ちょうど読んでいた本(平出隆『猫の客』)に出てくる猫と同じ名前だ。フリーランスの子どもなし夫婦といい、他人事とは思えないが、やっぱりだいぶ違う。

この本に描かれるのは、猫それ自体というより、猫を愛してしまう人間の心のほうだ。
美しい文章で淡々と描かれるチビをめぐるストーリーはあっけなく終わるが、最後に小さな謎を残す。読後感がいいとは言えないが、私のようなまっとうに動物とつきあった経験のない人間にはぐっとくる。
たぶん、ムツゴロウさんなら鼻で笑うだろう。

窓の外にときどきやってくる雀は、猫とは比較にならないほど、さらに交流が困難な動物である。
私などは、視線を向けただけで逃げられる。
そういう意味で、クレア・キップス『ある小さなスズメの記録 人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯』は驚くべき本ではある。
生まれた直後から老衰で死ぬまでの雀の記録。ピアノとともに歌い(聴いてみたい)、飼い主と友情を結んだ雀……。
訳者はかの梨木果歩だし、いかにも文句なしの名著といった風情。
とはいえ、読みながらなんとなく違うと感じた。中身が特に悪いというわけではないのだが、たとえば、この日本語タイトルの物欲しげな感じが気になる。
原タイトルのSold For a Farthingは、ほとんど逆の意味だろう。

私は動物への過剰な愛情表現みたいなものが苦手で、その点でかなりひねくれているのだと思う。
憧れとともにこれらの本を読むと、少し悲しくもなる。
そして、窓辺に何か生き物がこないかと思って少し待ってみるが、猫も雀もそんなときに姿を現すことはない。


2011年5月5日

ペルシャ細密画の世界を歩く

出たらいいなあと思っていた本。

浅原昌明『ペルシャ細密画の世界を歩く』
この分野の概説書は、美術全集などを除けばほとんど皆無といっていので、大変ありがたい。
とはいえ、記述はかなり教科書的だし、いきなりこの本を読んでも訳がわからないかもしれない。
なので、ここでは私がこの世界に興味をもつようになったきっかけの本を挙げておきたい。

山田和『インド ミニアチュール幻想』
文庫になっていたのか! というわけで未読の方はぜひ。
美術を語ったものというより、骨董紀行みたいな感じ。
十数年も前に読んだ本だが、大英帝国時代のインドの地図について書かれた一あたりの情景がいまだに記憶の片隅に残っている。

オルハン パムク『わたしの名は「紅」』
こちらはノーベル賞作家による、トルコを舞台にした小説。

ペルシアじゃなくてインドとトルコ、それも紀行と小説じゃないか、というわけで、平易な解説書はありがたいわけである。
そんなわけでペルシア細密画の教科書的な話に戻ると、「七つの特徴」というのが書かれている。
それによると……
「六、地面の向こう側から人物の顔が、こちらをのぞいているように描写」とある。
「地面の向こう」とはヘンテコな表現であるが、確かにそんな状態。
なんというか、穴から上半身だけ出たモグラのように、背景にいる人々が向こう側からこっちを見ているという感じでユーモラスなのだ。

以上の記述は、別にペルシア細密画の神髄とはまったく関係がない。
西洋美術の世界に飽きてきて、こういう絵に惹かれるようになったのは、年齢かもしれない。
一方で、微笑を誘うような絵が好きといえるようになって嬉しいという感じもある。